サプライチェーン脱炭素化戦略

Scope3削減の実務と持続可能な調達の実践

サプライチェーン持続可能性監査を実施する物流センターの管理者

Scope3排出量算定と削減目標設定

Scope3排出量は多くの企業において総排出量の70-90%を占める最重要領域です。GHGプロトコルに基づく15カテゴリーの算定において、特に「購入した商品・サービス」「輸送・配送(上流)」「販売した製品の使用」が大きな割合を占めています。2024年のCDP調査によると、回答企業の78%がScope3目標を設定していますが、科学的根拠に基づく削減目標(SBTi)承認を得ているのは45%にとどまっています。

算定精度の向上には、支出ベース(Spend-based method)から活動量ベース(Activity-based method)、さらにサプライヤー固有データ(Supplier-specific method)への段階的移行が必要です。初期段階では業界平均原単位を使用した支出ベース算定が一般的ですが、主要サプライヤーからの一次データ収集により算定精度を50%以上向上させることが可能です。

Scope3算定の重要指標

  • カテゴリー1(購入商品):全体の40-60%を占有
  • 算定精度:サプライヤーデータで50%向上
  • SBTi承認企業:世界4,000社(2024年末)
  • データ収集コスト:従業員1,000人あたり年間200万円

サプライヤーエンゲージメント戦略

効果的なサプライヤーエンゲージメントには、段階的アプローチが不可欠です。第1段階では排出量の多い上位20%のサプライヤー(通常は支出額上位100社程度)に焦点を当て、第2段階で中小サプライヤーまで範囲を拡大します。トヨタ自動車の事例では、Tier1サプライヤー220社との協働により2030年までにサプライチェーン全体で18%のCO2削減を目指しています。

サプライヤーエンゲージメントの手法には、①データ要求・収集、②能力構築支援、③インセンティブ設計、④協働プロジェクト実施があります。Microsoftは「Supplier Code of Conduct」において2030年までのカーボンネガティブ目標を設定し、主要サプライヤーに対してScience Based Targets設定を義務化しています。また、年間調達額1億ドル以上のサプライヤーには詳細な排出量報告を求め、削減実績を調達評価に反映しています。

中小企業向けには集合研修や共同プラットフォームの活用が効果的です。日本ではサプライチェーン協議会が業界横断的な脱炭素化支援を実施し、年間500社以上の中小企業に技術支援と資金調達支援を提供しています。個別企業では、花王が「Kirei Lifestyle Plan」において2,000社のサプライヤーに脱炭素化研修を実施し、平均15%の排出量削減を達成しています。

持続可能な調達ガイドラインの策定

持続可能な調達方針の策定においては、環境基準、社会基準、ガバナンス基準を統合したESG調達基準の構築が必要です。環境基準では温室効果ガス排出量、水使用量、廃棄物削減、生物多様性保全等を評価し、社会基準では労働条件、人権尊重、地域貢献等を、ガバナンス基準では法令遵守、リスク管理、透明性等を評価します。

調達基準の運用においては、定量的指標と定性的評価を組み合わせたスコアリングシステムが一般的です。Unileverの「Sustainable Living Plan」では、サプライヤーを環境・社会・ガバナンスの3軸で100点満点評価し、70点以上を調達継続の必要条件、90点以上を優遇措置の対象としています。評価が60点を下回るサプライヤーには改善計画の提出を求め、2年以内の改善を条件に取引を継続しています。

調達プロセスにおけるデューデリジェンスの強化も重要です。特に新規サプライヤーの選定では、現地監査、第三者認証の確認、レピュテーションリスクの評価を実施します。既存サプライヤーに対しては年次評価と改善支援を組み合わせ、継続的な向上を図ります。BMWは全世界12,000社のサプライヤーに対して持続可能性評価を実施し、評価結果を調達決定の30%に反映させています。また、人権リスクの高い地域・業界(コバルト採掘、パーム油生産等)では特別なデューデリジェンス手順を設けています。

サプライチェーン可視化技術の活用

サプライチェーンの可視化には、ブロックチェーン、IoT、AI等のデジタル技術の活用が不可欠です。ウォルマートは食品サプライチェーンにおいてIBM Food Trustブロックチェーンプラットフォームを導入し、農場から店舗までの全工程を追跡可能にしています。これにより食品安全問題の発生時には数秒で原因特定が可能となり、従来の数週間から大幅に短縮されています。

CO2排出量の可視化においては、製品レベルでのカーボンフットプリント算定が重要です。Scopeは化学業界向けにProduct Carbon Footprint(PCF)計算プラットフォームを開発し、原料調達から製品出荷まで の排出量を自動計算しています。同プラットフォームは現在1,000社以上が利用し、15,000種類以上の化学製品のPCFデータを蓄積しています。

リアルタイム監視システムの導入により、サプライチェーンリスクの早期発見と対応が可能になります。Maerskは海上輸送において全コンテナにIoTセンサーを設置し、位置情報、温度、湿度、衝撃等をリアルタイムで監視しています。AIアルゴリズムにより異常を検知し、自動的にアラートを発信することで、貨物損失を30%削減しています。また、気象データと組み合わせることで輸送ルートの最適化を行い、燃料消費量を15%削減しています。

循環経済モデルの導入事例

循環経済(サーキュラーエコノミー)への移行により、資源効率性の向上と廃棄物削減を同時に実現できます。Ellen MacArthur Foundationの調査によると、循環経済モデルの導入により2030年までに年間1兆ドルの経済価値創出と40%のCO2削減が可能とされています。循環設計、利用期間延長、材料回収、共有経済の4つの戦略が中核となります。

製品設計段階での循環性確保では、分解容易性、材料の単一化、リサイクル可能材料の使用が重要です。Dellは2030年までに販売する製品と同量の製品をリサイクルする「1対1リサイクル目標」を設定し、製品設計から逆算したサーキュラー設計を実践しています。具体的には、25%以上のリサイクル材料使用、ネジ使用の最小化、接着剤レス設計等により、製品寿命終了時のリサイクル率95%以上を達成しています。

サービス化ビジネスモデル(Product as a Service)の導入により、製品の利用価値を最大化できます。PhilipsのLighting as a Serviceでは、照明機器を販売せず照明サービスとして提供することで、機器の長寿命化とエネルギー効率向上にインセンティブを設けています。顧客は初期投資を削減でき、Philipsは継続的収益と機器回収による材料リサイクルを実現しています。同モデルにより照明エネルギー消費を50%削減し、機器廃棄量を70%削減しています。

リスク評価とデューデリジェンスの強化

サプライチェーンリスク評価においては、気候リスク、人権リスク、地政学リスク、サイバーリスク等の多元的評価が必要です。物理的気候リスクでは、洪水、干ばつ、台風等の自然災害がサプライヤー操業に与える影響を評価します。移行リスクでは、炭素価格、環境規制、技術変化がコスト構造に与える影響を分析します。PwCの調査では、気候リスクを考慮したサプライチェーン設計により、災害時の事業継続性を40%向上させることが可能とされています。

人権デューデリジェンスでは、強制労働、児童労働、劣悪な労働条件等のリスクを評価します。特にアパレル、電子機器、食品業界では、原材料生産段階での人権リスクが高く、徹底的な調査が必要です。Nestléは「Responsible Sourcing Standard」を策定し、年間40,000回以上の監査を実施しています。衛星画像解析とAIを活用した森林破壊監視により、パーム油サプライチェーンにおける違法伐採を99.8%削減しています。

地政学リスクの評価では、貿易制裁、関税変更、政治的不安定等がサプライチェーンに与える影響を分析します。半導体業界では、米中貿易摩擦により調達先の多様化が急務となっており、「China+1」戦略による生産拠点分散が進んでいます。AppleはChina以外での生産比率を2020年の5%から2024年には25%まで拡大し、サプライチェーンの弾力性を向上させています。また、重要部品については複数サプライヤーからの調達と3か月分の在庫確保により、供給途絶リスクに備えています。